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名古屋地方裁判所 平成6年(タ)6号 判決

反訴原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

渥美玲子

平松清志

安藤巌

反訴被告

M・S

右訴訟代理人弁護士

大脇雅子

名嶋聰郎

主文

一  本件反訴を却下する。

二  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

事実及び理由

第一  予備的反訴請求

一  反訴原告と反訴被告とを離婚する。

二  反訴原告と反訴被告との間の長男M・O(昭和五八年一二月二六日生まれ)の親権者を反訴原告と定める。

第二  事案の概要

本件は、反訴被告との間で日本法による婚姻届を提出し夫婦の関係にあった反訴原告が、離婚届を提出したことから、右離婚届が反訴被告の意思に反して提出されたと主張する反訴被告が反訴原告に対して離婚無効確認の訴えを提起したのに対し、反訴原告が、予備的反訴として反訴被告に対し、離婚を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  反訴原告と反訴被告は、昭和五六年五月八日婚姻の届出をした夫婦であり、昭和五八年一二月二六日、二人の間に長男M・O(以下「O」という。)が誕生した。(成立に争いのない甲第一号証の一)

2  平成二年九月三日、協議により反訴原告と反訴被告とを離婚する旨の離婚届がなされ(以下「本件離婚」という。)、同時にOの親権者を母である反訴原告と定める旨の届出がなされた。(成立に争いのない甲第一号証の一)

3  平成三年五月三〇日、反訴被告は、反訴原告を相手として、本件離婚の無効確認を求める訴えを提起し、右訴訟(以下「本訴」という。)は現在当裁判所に係属している。(顕著な事実)

二  争点

1  反訴原告の主張(請求原因)〈省略〉

2  反訴被告の主張(本案前の主張)

本件反訴は、左記の理由で不適法であるから、却下されるべきである。

(一) 本件反訴は、その目的たる請求が他の裁判所の専属管轄に属するものであって、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)二三九条但書の定める反訴の要件を満たしていない。

(1) 渉外離婚訴訟事件における国際裁判管轄権は、被告の住所地を管轄する国が専属的に有するのが原則であり、原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合、その他これに準ずる場合に限り、例外的に日本に国際裁判管轄が認められる(最高裁昭和三九年三月二五日大法廷判決民集一八巻三号四八六頁)。

(2) そして、反訴被告は、カナダの国籍を有するとともに現在カナダに居住していること、反訴被告は反訴原告を遺棄しておらず、むしろ遺棄されたのは反訴被告であること、反訴被告の住所は頭書記載のとおりであって、行方不明の状態にないことは明らかであること、反訴原告の国籍が日本であり、反訴原告と未成年の子の現在の居住地が日本であるとしても、反訴原告と反訴被告の夫婦としての最終居住地はカナダであり、反訴原告と未成年の子が日本に居住するのはカナダでの調停中に反訴原告が一方的に未成年の子を連れて日本に強行帰国した結果に過ぎないこと、反訴被告は、本訴において多大な精神的、物質的負担を余儀なくされており、これ以上の負担には耐え難いことなどの事情に照らすと、本件において例外的に日本に国際裁判管轄を認めることを相当とする事情はなく、本件反訴の裁判管轄は、原則どおり反訴被告の住所地を管轄するカナダの裁判所に専属すると解すべきである。

(二) 反訴被告は、反訴原告が反訴被告の署名を偽造し、かつ反訴被告の印鑑を冒用して、Oの親権者を反訴原告とする離婚届を反訴被告に無断で千種区役所に届け出たことにより、海を隔てた日本において本訴の提起を余儀なくされた。

すなわち、反訴原告は、本訴についての国際裁判管轄権を不当に作り出したものであって、いわゆる信義則違反による管轄の詐取に相当する。

したがって、前記のように本来独立の訴えの国際裁判管轄権は日本ではなくカナダに認められるべきであるのに、右のとおり不当に詐取された本訴の国際裁判管轄の存在を奇貨として民訴法二三九条、人事訴訟手続法(以下「人訴法」という。)七条一項の関連管轄に仮託して本件反訴を日本に提起できると解することは、著しく公正を損なうものであって、民事訴訟手続における信義則に反するというべきである。

(三) 本件反訴は、反訴の要件を満たしていない。

(1) 本件反訴は、反訴原告とは反訴被告との離婚を求めるものであるが、家事審判法は離婚訴訟について調停前置主義を採っており(同法一八条一項)、このような反訴を認めることは、右調停前置主義に反する。

(2) 離婚訴訟においては、離婚原因のみならず、未成年の子の親権者を誰にするのか、慰藉料請求権の存否及びその金額、財産分与の程度等が争点となるのに対し、離婚無効の裁判においては、離婚届出が真正になされたかどうかだけが争点であって、離婚訴訟と離婚無効訴訟とでは、攻撃防御方法が関連しない。

したがって、本件反訴は、本訴請求またはこれに対する防御方法と関連することを要するという反訴の要件を欠いている。

3  反訴被告の本案前の主張に対する原告の反論

(一)(1) 渉外離婚訴訟事件における国際裁判管轄については、未だ国際間で一般的に承認された法則又は規則があるわけではなく、各国がそれぞれ定めているに過ぎず、日本にはこれに関する成文法規は存在しない。

離婚事件については、人訴法によってその裁判管轄が定められているが、その管轄は専属管轄であって、民訴法一条の普通裁判籍の例外をなし、右専属管轄以上に優位な管轄は存在しない。

そして、反訴については、人訴法七条により、その管轄は本訴の管轄に服することとなるのであるから、本訴事件の管轄が名古屋地方裁判所にある以上、反訴事件の管轄もまた名古屋地方裁判所にあるというべきである。

(2) 反訴被告の引用する最高裁判例は、専属的裁判管轄まで決定したわけではない。そして、判決の拘束力はその事件限りであって、他の事件をも拘束することはないのであるから、事案の異なる本件反訴に右最高裁判例が直接適用されるものではない。

また、専属管轄というからには、これに反する裁判は違法であるといわなければならないが、国際管轄については違法とする国際法上の根拠が全く存在しないのであるから、専属管轄違反という事態は生じない。

したがって、本件反訴が日本の裁判所に係属したとしてもなんら問題はないというべきである。

(3) 仮に、本件反訴に右最高裁判例の趣旨が適用されるべきものとしても、反訴被告が頭書住所に真実居住しているかははなはだ疑問であり、反訴被告は行方不明に準ずる状態にあるというべきであるから、本件には日本の裁判所に国際裁判管轄権が承認される例外的事情が存在する。

(二) カナダの裁判所での離婚裁判は本件の内容になじまない。

(1) 反訴原告は日本で生れ育った日本人であり、反訴原告と反訴被告は日本で知り合い、婚姻届の手続きも日本でなされ、反訴被告自身長年にわたり反訴原告とともに日本で生活し、Oも日本で生れたのであって、日本に離婚裁判が係属してもなんら違和感がない。

むしろ反訴原告は結婚生活を一貫して日本で送りたいと希望していたが、カナダ人である反訴被告がカナダに住んでも反訴原告とOを幸せにすると約束したため、反訴被告以外に身寄りのない反訴原告は、反訴被告一人を信じてカナダに行ったのである。ところが、反訴被告は、まともに仕事をせず反訴原告を働かせたばかりか、他に女性を作るなどの不貞を働き反訴原告を裏切った。その反訴被告から暴力をもって離婚を迫られた反訴原告が日本に帰りたくなるのは当然のことである。反訴被告は、反訴原告を裏切り、自ら婚姻生活を破壊し、反訴原告が日本に帰るよう仕向けておきながら、離婚の裁判をカナダで起こせというのはあまりにも虫が良すぎるというべきである。

(2) また、カナダにおける調停の手続きは、反訴被告が一方的に起こしたものであり、公的なものではないうえ、調停委員は反訴被告の依頼した弁護士事務所に属しており、かつ日本人である反訴原告の結婚に関する感情を全く理解しようとしなかったので、反訴原告はこれ以上の話し合いは不可能であると強く感じた。さらに調停委員に対する報酬は本来これを依頼した反訴被告が支払うべきであるにもかかわらず、反訴原告が請求を受けその都度支払わされたので、反訴原告は、この制度に不信を持たざるを得なかった。日本の調停制度においてすら相手方の出頭は自由なのであるから、カナダにおける右調停手続の途中から反訴原告がこれに出頭しないからといって、なんら問題とされることではない。

(三) 反訴被告は、本訴が日本で提起されたのは、反訴原告が本訴についての国際裁判管轄を不当に作出したからであり、これは信義則違反による管轄の詐取にあたると主張する。しかし、反訴被告の右主張は左記の理由で失当である。

(1) 本訴では、離婚届が偽造によるものか否かがまさに主要な争点として争われているのであって、離婚届が偽造されたものであるということは客観的に認定されてはいない。このような反訴原告と反訴被告との間に争いがあり、確認されていない事実を基礎に管轄の詐取であると断定することは許されない。

(2) 本訴は、反訴被告自身が離婚の無効を争う方法として日本の裁判所での裁判を自ら選択し、その結果として日本の裁判所に提起したのであるから、反訴原告が本訴の管轄を作出したわけではない。反訴被告は本訴提起にあたってカナダの裁判所を選択することも可能だったのである。

(四)(1) 反訴被告は、本件の離婚反訴請求事件においては、未成年の子の親権者の指定、慰藉料、財産分与の問題等が争点になると主張する。

しかしこの主張は以下のとおり全く現実的ではない。

(ア) Oの親権者の問題については、現在名古屋家庭裁判所に親権者変更の審判事件が係属している(平成三年(家)第一六三七号)が、反訴被告側の都合によって現在期日が開かれていない。反訴被告がOの親権者になりたいのであればこの事件を再開することが可能であるにもかかわらず、現在に至るまで放置している。したがって、反訴被告が真剣にOの親権者になることを求めているとは到底考えられない。

また、反訴原告は、日本に来ることもできないという反訴被告の経済状態を考慮し、反訴被告に対してOの養育費を請求する意思はないし、Oの面接交渉権についても既に名古屋地裁平成三年(ヨ)第一四一九号事件において和解が成立して決着ずみである。

(イ) 慰藉料について、反訴原告は、やはり反訴被告の支払能力を考慮してこれを請求する意思を有していない。

したがって、慰藉料の問題は離婚訴訟における争点とはならない。

(ウ) 財産分与については、本来反訴原告と反訴被告で分割しなければならない性質のものであるが、反訴原告が反訴被告との婚姻生活中に取得した自宅の土地・建物、自動車、家財道具・電気製品、衣服、アクセサリーなどは、すべてカナダに置いて来ており、すべて反訴被告が処分してしまった。

したがって、本来反訴原告が反訴被告に対して財産分与請求できるはずであるが、反訴原告は、その手続きの繁雑さからこれを反訴被告に請求しないことにした。

よって、財産分与の問題についても離婚訴訟における争点とはなり得ない。

(2) 以上の次第であるから、わざわざカナダに裁判を提起しなければならない必要性は毫も存しない。

反訴原告と反訴被告が既に離婚状態であることは事実であり、二人には離婚状態を解消したいという意思はないし、離婚を無効にしてまで解決しなければならない他の問題も全く存しない。仮にあったしても、日本には反訴被告の代理人がおり、本件の事情について熟知しているのであるから、この代理人を通じて話し合いをすれば十分解決できる。

反訴被告が来日する費用のことを問題とするのであれば、それは反訴原告がカナダに行く場合も同様であるので、このことを管轄権の問題として考慮するべきではない。

第三  争点に対する判断

一  被告の本案前の主張(本件反訴の国際裁判管轄権)について判断する。

1 渉外離婚訴訟事件における国際裁判管轄権については、国際間で一般的に承認された法則又は規則は未だ存在せず、また、わが国にもその管轄分配を定めた明文の規定は存在しない。

しかし、この点については、当事者間の公平を図り被告の応訴の機会を保証する趣旨から考えて、当該離婚訴訟事件の被告の住所地国の裁判所に裁判管轄権を認めるのを原則とすべきである。

しかし、右原則を忠実に貫くことはかえって当事者間に不公平が生じ、原告にとって苛酷となる場合があり得るのであって、右原則に従うことが国際私法生活における正義公平の理念に反すると認められる事情が存在する場合には、被告の住所が日本になくとも、原告の住所が日本にあるときは、日本の裁判所は右訴訟について国際裁判管轄権を有するものと解するのが相当である。

2  そこで、本件について検討するに、前記認定事実に、前掲甲第一号証の一、成立に争いのない甲第一号証の二、第一一号証、第一二号証、第一四号証、乙第一号証、第八号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の一ないし四、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第五号証、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第一五号証ないし第一七号証、反訴原告本人の供述を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 反訴原告は、昭和二三年九月四日、神奈川県横須賀市で生まれた日本人であり、反訴被告は、昭和三〇年(西暦一九五五年)二月一五日、カナダ国オンタリオ州オタワ市に生まれたカナダ人である。

(二) 反訴被告は、昭和五二年ころ来日して名古屋市内で英語教師をしていたが、昭和五五年四月ころ、名古屋市内で同じく英語教師をしていた反訴原告と知り合った。

反訴原告が日本国内の大学を卒業後カナダに渡りカナダ・サスカッチワン大学を卒業するという経歴を有しカナダ国内の事情に詳しかったことや、当時反訴原告と反訴被告の住所が隣接していたことなどから、反訴原告と反訴被告はその後親交を深め、昭和五六年五月八日、日本法に従って婚姻の届出をし夫婦となった。

(三) 反訴被告は、結婚前から岐阜県付知町内で手作り家具の勉強を始めており、昭和五八年二月ころ、その修業を終えて名古屋市中川区内のT家具に就職し木工の仕事を始めた。その間、反訴原告も名古屋市内で英語教師をしており、夫婦共働きの生活が続いていた。

(四) 昭和五八年一二月二六日、二人の間に長男Oが誕生した。

Oは、当時の国籍法(昭和五九年改正前のもの)に従い、カナダ国籍を有することとなったが、反訴原告と反訴被告が改正後の国籍法(昭和五九年五月二五日法律第四五号)附則五条に基づき届出をしたことから、昭和六三年一月五日、日本国籍を取得し、二重国籍となった。

(五) 昭和五九年五月、反訴被告がカナダに戻りたいと強く希望したことから、反訴原告と反訴被告はOを連れてカナダに渡った。

反訴原告と反訴被告は、しばらく反訴被告の両親の家に同居していたが、まもなくオタワに移ってアパート住まいを始め、昭和六二年七月ころ、オタワに自宅を購入した。自宅には反訴被告の仕事のための工房も作られた。

その間、反訴被告は家具製造会社などに就職したが収入は十分ではなく、反訴原告も貿易会社のマネージャーの仕事や通訳、翻訳、日本語教師などの仕事を見つけ、家計を補っていた。

(六) 反訴原告と反訴被告の夫婦仲は、平成元年ころ、反訴被告が反訴原告の反対にもかかわらず精神障害のある大人たちの世話をするローブセンターへの就職を希望したり、反訴原告が反訴被告の反対を押し切ってオタワを離れモントリオールにあるアニメーション会社へ就職したりしたことからしだいに亀裂を生じ始めた。

そして、平成二年四月ころ、反訴原告が、反訴被告は反訴原告以外の女性と深い関係にあるとの疑いを持ち、この女性のことを反訴被告に問いただしたことから、反訴原告と反訴被告は大喧嘩となり、反訴被告から反訴原告に対して離婚の申し入れがなされるに至った。

その後、反訴原告はモントリオールへ、反訴被告はHという女性の家に行くことが多くなり、二人は別居状態となった。

(七) 平成二年五月ころ、反訴被告は、弁護士を通じ、反訴原告に対し、離婚の請求とともに、慰藉料及びOの養育費の支払い、Oの監護権を反訴被告に与えること、自宅を処分すること等を求めてきた。

反訴原告は、当初、Oの養育のことを考えて反訴被告との離婚については消極的であったが、反訴被告の弁護士からの右請求を受け、反訴被告との結婚生活がこのように破綻してしまった以上反訴被告と離婚することもやむを得ないと考え、自らも弁護士を依頼し、離婚を前提とする諸条件について反訴被告の弁護士との間で話し合いをさせた。

その話し合いの中で最大の争点となったのは、Oの監護権者を誰にするかであった。反訴原告及び反訴被告の双方とも自分を単独の監護権者とすることを希望し、話し合いがなかなかまとまらなかったことから、双方の代理人は、Oを反訴原告と反訴被告の共同監護とするという前提で、具体的な養育方法については双方代理人の合意に基づいて選任した調停委員(メディエイター)の下で調整する合同調停の手続(メディエイション)に委ねることとし、調停委員としてコニー・レンショウを選任した。

合同調停は、平成二年六月一九日から同年七月二五日までの間に三回開かれたが、同年六月末に開かれた第二回目の合同調停の期日において、反訴原告がOを日本に連れて帰ることを希望したことから、反訴被告は、同年八月一五日までに必ずOをカナダに連れて戻ることを条件にこれを承諾し、反訴原告もOをカナダに連れて戻ることを反訴被告に約束した。

(八) 平成二年七月一一日、反訴原告はOとともに日本に帰ったが、同月一八日、Oを日本においたまま、反訴被告との話し合いを係属するためにカナダに戻った。

反訴原告は、平成二年七月二五日に開かれた第三回目の合同調停の期日においても、Oを同年八月一五日までにカナダに連れ戻ることを約束していたが、同年八月一三日、再び日本に帰った以後カナダには戻らず、結局右約束は実現されないまま現在に至っている。

(九) 平成二年九月三日、反訴原告により、反訴原告と反訴被告との間の協議離婚届が名古屋市千種区役所宛提出されたが、その届には母である反訴原告がOの親権を行う旨記載されており、また、その届出人署名押印欄の反訴被告名義部分は、反訴原告が署名押印を代行したものであった。

そして、右反訴被告名義の署名押印の代行が反訴被告の意思に基づいて行われたものかどうかが、本訴における最大の争点となっている。

(一〇) その後、反訴原告は、反訴被告の申立てに基づき、平成二年一一月三〇日付及び平成三年二月七日付で、カナダオンタリオ州裁判所(一般部門)から、Oの単独の監護権を暫定的に反訴被告に与えること、Oをオンタリオ州裁判所(一般部門)の司法管轄区域内に連れ戻すよう命ずる旨の暫定命令を受けている。

また、反訴被告は、平成三年一二月一九日、当裁判所に対し、反訴原告を債務者として親権行使妨害排除仮処分を申し立て(当庁平成三年(ヨ)第一四一九号)、平成四年三月四日、当事者間に、反訴原告が反訴被告のOに対する親権の行使を妨害しないことを約束し、反訴被告が第三者の立ち合いの下でOと面会することを反訴原告が承諾することを主な内容とする和解が成立した。

(一一) 現在、反訴被告は、カナダ国内の頭書き住所に居住し、反訴被告代理人との間で電話ないしファックスを通じて支障なく連絡が取り得る状態にある。

3 右認定事実によれば、本件においては、反訴原告及びその長男がともに日本国籍を有し平成二年七月以降現在まで日本国内で生活していること、反訴原告と反訴被告は日本で婚姻届をし昭和五六年五月から昭和五九年五月までの約三年間日本で婚姻生活を送っていたことなど、一般的な渉外離婚訴訟事件としても我が国の裁判管轄を認めることを相当とする事情が認められる。

また、本件は、渉外離婚無効確認訴訟事件が係属中の日本国内の裁判所に渉外離婚訴訟の反訴が提起されたという事案であり、婚姻無効確認の本訴において、反訴被告側から代理人を選任したうえで相当の攻撃防御が既になされており、人訴法七条が審理の集中により身分的法律関係安定のための紛争の全面的解決をはかるという観点から特別な反訴の裁判管轄を定めていることに照らしても、前記1に記載した原則の例外として、我が国に本件反訴の国際裁判管轄権を認めるべきとする反訴原告の主張にも相当な理由があるといえる。

4(一) しかし、他方、前記認定事実によれば、反訴原告が反訴被告から遺棄されたとはいえないこと、反訴被告が行方不明であるとはいえないことは明らかであるし、反訴原告と反訴被告が名実ともに夫婦としての生活を継続していた昭和五六年五月から平成二年四月までの約九年間のうち、日本を生活の本拠としていたのは約三年間に過ぎず、昭和五九年五月以降約六年間はカナダを生活の本拠とし、夫婦としての最後の生活地及び共通の住所地はいずれもカナダであること、前記の反訴原告の本件反訴における請求原因に記載したとおり、反訴原告が離婚原因として主張する事情はそのほとんどがカナダにおける結婚生活時に生じているのであって、右離婚原因事実の存否を判断するためには反訴原告と反訴被告のカナダにおける結婚生活の状況を審理の対象とすることが不可欠であり、そのためには証拠収集の便宜及び証人の出頭確保等の観点からカナダの裁判所において審理を行うことが相当であること、反訴被告は、既にカナダ国内及び日本国内において、事実上失われた長男に対する親権及び監護権を回復するため、相当な精神的、物質的負担を余儀なくされており、更に本件反訴について日本において実質的な防御活動を行う負担には耐え難い状態となっていることが認められる。

(二) また、前記認定のとおり、反訴原告とその長男が現在日本に居住しているのは、反訴原告がカナダで行われていた合同調停の席において成立した合意の内容に反し、長男を日本に連れ帰ったままカナダに戻ってこなかったことに原因があるのであって、これを反訴原告に有利な事情として重要視することは、訴訟手続上の信義則に反するといわなければならない。

さらに、日本国内において反訴被告側から離婚無効の本訴が提起されている点に関しても、本件本訴と反訴は事実上の争点を異にし実質的な関連性に乏しいことが認められるばかりでなく、本件本訴は、前記渉外身分訴訟における国際裁判管轄権の分配の原則に照らすと、反訴原告の住所地国である日本に裁判管轄権がありカナダにはないと解される(反訴被告が右原則に反しカナダの裁判所において離婚無効訴訟を提起し判決を得ても、その判決は民訴法二〇〇条一号の要件の欠缺を理由にして日本において効力を有しないとされる可能性が高い。)ところ、反訴被告が多額の費用をかけて日本において離婚無効の訴えを提起することを余儀なくされた(反訴被告は本件反訴の却下を求めており、渉外離婚訴訟において被告が異議なく応訴した場合と同視できないことはもちろんである。)のに乗じ、本件本訴の存在を理由に反訴原告が本来カナダでしか提起できないはずの離婚訴訟を日本で提起できることとなると解することは、反訴原告とその長男が日本に居住するに至った前記事情に照らしても、訴訟手続における公正を損なうおそれがあり妥当ではないというべきである。

5 以上の諸事情を比較検討すると、人訴法七条の趣旨等を考慮に入れても、本件反訴について日本の裁判所に裁判管轄権を認めることを相当と認めるには至らないといわざるを得ず、結局本件においては、日本の裁判所に本件反訴の裁判管轄権を認めなければ国際私法生活における正義公平の理念に反すると考えられる事情は認められないというべきであるから、本件反訴の裁判管轄権は、原則どおり反訴被告の住所地を管轄するカナダの裁判所に専属すると解するのが相当である。

二  結論

以上のとおり、反訴原告の反訴被告に対する本件反訴は、その余の点を判断するまでもなく不適法であるといわざるを得ないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田晧一 裁判官潮見直之 裁判官黒田豊)

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